汚濁の世など真っ平御免の竹林LIFE
せっかくの良いブログも、クソリプが気分を害すので、コメント欄削除でも良いかと思います。
バカではなくアホです。
どうも、南井三鷹です。
もやしさん、コメントありがとうございます。
コメントの件、了解しました。
僕はこういうのに慣れてしまっているので、読者の方の受けとめにまで思いが及びませんでした。
僕の責任でクソなコメントは非公開にします。
すみませんでした。
こんばんは。評論お疲れ様です。
詩人のやややです。
詩人をやっている者としては
身につまされるお話でした。
確かに日本には
前体制に忠義を尽くして
不遇を囲っだ者を
称えませんね。太平洋戦争後は。
新選組とか忠臣蔵とかは
称えられてる気がしますけど…
(ちょっと違うのか?)
戦後は日本だけでなく世界的に
敗者に冷たくなった気がします。
林古度の境遇は身につまされました。
私は別に政府に仕えたりはしておらず
将来展望が甘かったゆえの不遇ですが、
それでも貧しさの中
こんちくしょうと思いながら
詩作するという気持ちだけは
理解できる気がします。
辛い現実から逃げなかったから
単なる逃避ではない
良い作品が生まれるというのも
刺さりましたね。
日頃から逃げずに闘おうと考えていますが
改めて気を引き締めようと
思わされました。
将来どうなるか分かりませんが
林古度のように歴史に名を残す詩人に…
とまでは行かなくとも
せめて何か爪痕を残したいですね。
では、今回もよい評論を
ありがとうございました。
次の記事も期待しております。
どうも、南井三鷹です。
やややさん、いつもコメントをありがとうございます。
貧しさの中で詩を作ることを実行しているやややさんのような方に、
共感してもらえる記事になっていたのなら良かったです。
もちろん、文学は必ずしも苦境になくては書けないというものではありません。
ただ、実際に体験せずとも、苦境に想いを馳せることができないようではいけないと思います。
国家が戦争に突き進むことでどれほどの人生が破壊されるか、そんなことにすら想像が及ばない人が増えている今の時代、
人々から文学的な感性がどれだけ失われてしまったかが実感されます。
そういう意味で文学的には冬の時代ですが、
そんな時代だからこそ、「本物」が輝くとも言えるのではないかと思っています。
お互いに逃げずに戦う姿勢を貫いていこうではありませんか!(選挙演説風)
やややさんは「爪痕を残したい」という書き方をしましたが、
創作の心意気として書いたことは僕にもわかるのですが、やややさんには少し不似合いな言葉にも感じました。
今回の記事にもあるのですが、僕は「爪痕を残さない」ことを文学的だと考えているところがあります。
「永遠に自分の名を世に残す、刻み込む」という欲望は誰にでもあるものでしょうが、
この欲望は克服すべきものだという思いが年々強くなっています。
僕が文学賞という「客引き」に否定的なのも、そういう理由です。
トランプがノーベル平和賞を欲しがったり、高市が日本初の女性首相として名を残したかったり、
「爪痕を残す」という欲望に身を投じた人たちが、大きな害悪を撒き散らしているのが今の時代です。
これは高度資本主義の「流動性」に対して、「不動のもの」を求める「保守性」の現れであり、この欲望こそが宗教的なものと国家権力を不可分に結びつけていきます。
こういう危険で陳腐な「保守」的方向性に対して、
名を残さずに消えていく人々の人生も、名を残した人たちに劣らずに尊いものであることを「残していく」ことが重要ではないかと僕は考えています。
(そういえば昨日若い子にノーベル賞を辞退した人の話をしたばかりでした)
タイムラインに流れては消えていく「ゆく川の流れ」のような詩に、「残さない強さ」のようなものが宿ることもありうると僕は強く信じています。
南井さんご返信ありがとうございます。
〉爪痕を残すというのはやややさんには不似合い
おっしゃるとおりで、
文章を無難にまとめようとして
世間的で陳腐な言い回しをしてしまいました。
恥じ入るばかりです。
爪痕を残したいというのは
人間の歴史に名を残したいとか
名誉が欲しいとかそういうことでは
ないです。
キリスト教徒としては
この世的なものに執着することは
強く戒められていますしね。
あえて言うなら
いい詩を書く人だなあと
心ある人の記憶に
ちょっとだけ残りたいとか、
神様から「良くやったな」と
褒められたいとか、
そういう感情でしょうか。
そういう意味では
今の調子でこのままいけば
それでいいのかもしれません。
世間の有名人の
スキャンダルを聞くたびに、
名もなき人々の方が
遥かに立派な人が多いのではないかと
思わされる昨今であり、
南井さんのご見解には
全く賛同します。
魂の腐った有名人になるよりは
名もなき誠実な一個人でありたいし
そうあるべきだろうと思います。
気の抜けた点を指摘されたようで
身が引き締まる思いでした。
真にありがたいことです。
では、お仕事頑張って下さい。
ご健筆をお祈りしております。
やややさんの真意はわかっていますので、お詫びの必要はなかったのですが、
ご丁寧に返信ありがとうございます。
良い詩を書いて神様から褒められる、というのは良いですね。
僕はやややさんみたいな信仰者ではありませんが、10歳から20歳の間は僧になるつもりで自前で修行していたので、信仰者の何たるかは理解できるつもりです。
「資本教」やインチキなナショナリズムにハマり込む人が多いのを見るにつけ、
人は宗教を求めるわりに、宗教に愛される人は本当に少ないと感じます。
神様に褒められるような「誠実な一個人」の詩を、これからも楽しみにしています。
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