南井三鷹の竹林独言

汚濁の世など真っ平御免の竹林LIFE

「従属主義」を支える「お気持ち主義」

14日と15日に北京で行われた米中首脳会談は衝撃的だった。

トランプ大統領はルビオ国務長官、ベッセント財務長官という政権トップだけでなく、「世界最高のビジネスマンたち」を引き連れて北京を訪問した。
会談の冒頭では習近平が、両国は「競争相手ではなくパートナーとなる」と語り、トランプのG2構想に呼応する。
貿易赤字と製造業の空洞化の改善のため、中国に対する強硬姿勢を売りにして再選したはずのトランプは、習近平を「偉大な指導者」だと持ち上げる。
中国に対するサービス満点の態度には、「アメリカの偉大さ」にこだわり、大統領就任前から中国を敵視していたはずのトランプの「負け」を強く僕に印象づけた。
トランプ政権の失政オウンゴールはむしろ中国を利する結果になっていたので、当然ではあるのだが。

「安い国」と〈アメリカ従属原理主義〉

エレベーターがひたすらに地下へと降っている。
ボタンを見るとB1Fまでしかないのだが、なぜかさらに下の階へと運ばれている。
いったい、このエレベーターはどこまで地下へと降りていくのだろう。
最下層でドアが開いたとして、その前にはどのような光景が広がっているのか、
ダンテと共に地獄めぐりへと旅立つような、言いようのない不安が背中をひたひたと上ってくる。
──高市内閣の誕生以来、僕を乗せたエレベーターの下降速度が上がった気がする。

日本が衰退し落ちぶれることは前々からわかってはいたが、
実際に落ちぶれた国で日々を過ごしていくことがどういうものなのか、
慣れてしまいそうで、慣れることが決してありえないような、底を想定できない地盤沈下の実態は、実際に体験してみるまでは想像できなかった。
しかし、とうとうそのような事態へと突入してしまったので、これまでの単に「落ちていく」という衰退局面とは決定的に違う「奈落」が見え始めている。
こんな「下降体験」と、僕たちはいつまで付き合っていかなければいけないのだろうか?

負けヒニンが多すぎる!

今の日本経済はどうにもならない。
もはや日本の政治能力でスタグフレーションを回避できるとは思えないので、政治批判をするのも徒労に思える。
たしかに高市はどうしようもない為政者だが、危機的状況で他者依存のポピュリストを首相にしてしまう国民に問題があるのは明らかだ。
結局、戦後日本人の根幹にあるのは「甘え」だけなのだ。

アメリカ覇権の終わり

花粉症がきついこともあって、時事問題について書く虚しさに勝てずにいたが、
アメリカとイスラエルが本格的にイラン攻撃に踏み切ったことについて、嫌々ながら書き残しておこうと思う。

多くの識者が最近のアメリカの軍事行動について語っているのを目にしたが、
どれも問題の核心に触れていないという印象を持った。
本気でわかっていないのか、言いたくないのかわからないが、
僕が恐れずに問題の核心を口にするならば、次のようになる。
覇権国アメリカによるグローバル資本主義の世界支配が終わりを迎えている。
資本主義万能の時代が本格的に終わろうとしているのだ。
つまり、今は世界的なパラダイム移行期にある。
その変化に抵抗して「栄光の過去」を追い求める老害じみた人々の心理によって、世界情勢が混沌に落とし込まれているのだ。

「他人任せ」の末路

竹林は静かだ。
慰霊碑代わりの映画のエンドロールが延々と流れているかのようだ。
この記事の前に書いた原稿は、すべて「虚しさ」からボツにした。
帰宅後にはテレビの報道番組を全く見なくなった。
SNSの情報やネットニュースが時折、車窓の風景のように流れ去っていく。

今回の選挙は民主的とは到底言えないものだった。
結果を操ろうとする力が暗躍していた。
前々から指摘しているように、トランプ政権が意図的に政局に介入した可能性が高い。
ナメたことに「勝利の要因は私だと高市に言われた」とトランプ自身が自慢げに語っている
不正選挙を疑う声があるのは当然だろう。

こんなもんだよ日本人

今は2月8日20時、選挙速報を見ながら原稿を書いているが、どの速報番組でも自民党の大勝利という予測が出ている。
これが現実ということだろう。
事前のマスコミ調査とそう変わらない結果が出ていて、前回の大ハズレからするとデキすぎにも思えるが、
あまりに日本人が「チョロすぎる」ことに驚きがないと言えば嘘になる。
どうやら憲法改正に反対する勢力が落選していく「左翼狩り」という流れで、海の彼方にいるトランプのほくそ笑みが目に浮かぶようだ。
おそらく小選挙区にありがちの偏向によって、実際の自民党支持の割合よりも、自民党が多く議席を獲得しているとは思うが、
官邸独裁と憲法改正を推し進める結果を導く選挙になってしまったこと、それをマスコミがただ後押ししてしまったことが残念でならない。

なぜ政治は「私物化」されたのか

アングロ・サクソンの世界支配が揺らぐ現在、アメリカと日本で政治の「私物化」が急速に広がっている。
大統領に再選されたトランプが、覇権国アメリカを復活させるために選んだ政治手法は「力の政治」だった。
その内容はもはや「政治」とは程遠い、軍事的優位性をちらつかせた「脅しディール」や兵隊を使った反対派の弾圧でしかなくなっている。
畢竟ひっきょう、トランプには決定的に政治能力が欠如していたと評価するほかないが、政治力のない政治家が国のトップに立つという現象は、普通に考えればかなり奇妙なことだ。
その原因を推察するに、「有権者たる国民に強い政治嫌悪があるから」という結論にどうしても至り着く。
政治が嫌われたために政治家が嫌われ、政治家が嫌われたために、政治オンチのタレント的ポピュリストが台頭し、政治力のないトップが権力を振りかざして横暴を行う──、
アメリカがそんなヤクザまがいの政治(=非政治)をしているために、世界的に民主主義の価値が驚くほど低下している。

臆病者の全体主義

新年早々におめでたくない記事で幕開けをすることになるのは気がひけるが、それこそが2026年にふさわしいということになりそうな予感がする。
今年の世相が明るくなるということは考えにくい。
愚民政策の比喩である「パンとサーカス」で言えば、「パン」の配給では国家財政が苦しくなるばかりなので、 2月の冬季オリンピック、3月のWBC、6月のサッカーのワールドカップという世界的「サーカス」で民衆の不満をやり過ごすことになる。
腐った「オールドメディア」はスポーツ中継と自然災害でしか存在価値が示せないので、これまで以上にオリンピックやWBC、ワールドカップで大騒ぎするだろうが、
残念ながらスポーツ国籍コロンビア人の僕には、薄っぺらいスポーツナショナリズムなど「ちっとも効かない麻酔薬」にしかならない。

「国防」争点の選挙をすればいいじゃないか

前々から日本が本当に民主主義国家なのか疑問に思ってきたが、最近は政権そのものが民主主義を尊重していないと感じる。
というのも、高市政権が安倍の「官邸独裁」やトランプの「国政の私物化」を真似して、「民意なき政治」を行おうとしているからだ。
それなのにNHKをはじめ大手マスコミは政権批判には及び腰でしかなく、
高市内閣が選挙による国民の信任を受けていない「党内クーデター内閣」であることを隠すために、
高すぎる内閣支持率で「民意」の穴埋めをして、民主主義の形骸化に協力している。

統計を使いこなせない国

前々から思っているのだが、マスコミが実施する「内閣支持率」調査の数値を、いかにも「民意」であるかのように受け取ることには問題がある。
世論調査は民意を推測することに役立つだろうが、それはあくまで調査結果が実態を正確に示している場合に限る。
アンケートは質問の仕方や用意された選択肢によって結果が大きく左右されるし、また状況によっては本心で回答してもらえないこともある。
だから支持率調査の結果を過信するべきではないし、ときに「偽の民意」を作り出す道具にもなりうることを理解しておかないといけない。

プロフィール

名前:
南井三鷹
活動:
批評家
関心領域:
文学・思想・メディア論
自己紹介:
     批評を書きます。
     SNS代わりの気軽なブログを目指して、失敗したブログです。

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