南井三鷹の竹林独言

汚濁の世など真っ平御免の竹林LIFE

映画『オッペンハイマー』とファミリーロマンス

2024年の米アカデミー賞で、『オッペンハイマー』という作品が7冠制覇したらしい。
僕は大方の映画が嫌いなので、本来はどの作品が評価されようが興味はないのだが、
日本のニュースで盛んに取り上げられていたから、情報が耳に入ってきた。

僕はこの映画を見ていないし、見る気もないので、映画の内容については関心がない。
見過ごせなかったのは、それを扱ったニュース番組の「能天気な解釈」だった。

オッペンハイマーとは、アメリカで原子爆弾の開発を主導した科学者の名前だ。
当然ながら、この映画はオッペンハイマーがロスアラモス国立研究所で原子爆弾を開発したことを扱っている。
原爆は第二次世界大戦末期に、死に体だった大日本帝国の広島・長崎に投下されたが、
オッペンハイマーはその破壊力や非人道性を認識して、核軍縮を求めたり、水素爆弾に反対したようだ。
おそらく映画では、原爆を開発した科学者が、のちにそれに苦悩し批判するようになったことを描いているのだろう。
日本のニュースでは、アメリカが﹅﹅﹅﹅﹅原爆の投下について改悛を示したとする有識者の解釈を流していた。

戦後の日本人は、「われらの母」と慕うアメリカが、日本に原爆投下という容赦のないDVを行った「かつての父」でもあったことに、「アメリカ民主主義の子供」としてトラウマを抱いている。
おそらく、この「歴史の家庭的把握」が、戦後日本の家庭から父を追放し、母子が密着する状況を生み出したように思う。
(もちろん、アメリカ依存の村上春樹の「父殺し」小説に見られる構造と一致するのは偶然ではない)
その父がかつてのDVを後悔し、心を入れ替えてくれたら、と願う気持ちは強い。
その願望が、映画『オッペンハイマー』が評価されたことを、「アメリカの改悛」と解釈したい気持ちにつながっている。



しかし、映画を見ないで言うのも悪いが、その解釈は的外れとしか僕には思えない。
アカデミー賞の選択には多分に政治性がある。
今回のアカデミー賞では、アウシュビッツ強制収容所の所長ルドルフ・フェルディナント・ヘスを描いた『関心領域』という映画も、国際長編映画賞などを受賞している。
イスラエル・パレスチナ戦争という状況下で、ユダヤ人のホロコーストを取り上げることが、誰に対する援護射撃になるかは想像しやすい。

仮に『オッペンハイマー』が原爆に対する批判的なメッセージに溢れていたとしても、
それをアメリカの反省のように受け止めるのは、DV野郎である父の愛を信じたい子供の家庭ファミリー幻想ロマンスでしかない。
この時期にアメリカが﹅﹅﹅﹅﹅核兵器批判を支持したとするならば、
その政治的目的は、ウクライナと戦争中のロシアのプーチン大統領が、核の使用をちらつかせてNATOを威嚇していることへの批判と受け止めるべきだと思う。

以前僕は「文藝✖️上等」のブログで、北村淳の「非核重武装永世中立」構想を扱ったが、
そこで軍事専門家の中では、今や「核抑止」という考え方が古くなっていることを紹介した。
「核抑止」がトレンドでなくなっているならば、もう核爆弾は時代遅れの兵器であり、必要がなくなる。
ならば、アメリカが公に核兵器の批判を展開しても、国益を損なう心配はない。



仮に『オッペンハイマー』で核兵器批判が描かれていようと、
それは「アメリカの改悛」ではなく、単なるプラグマティズムだと考えるべきだろう。
これからは核爆弾のような「実戦で使えない兵器」はもう不要だ、という軍事における合理的思考が背景にあるからこそ、
アメリカで核批判の映画が大々的に評価されたと考えるべきでないのか。
(自己反省などしていないから、被爆した広島や長崎の惨状を映画で描いたりしないのだ)

余談だが、興味深かったのは、オッペンハイマーが1950年代にアメリカで起こった反共産主義運動(マッカーシズム)で、
水爆反対を問題視されて、事実上公職から追放されているということだ。
当時の「赤狩り」は、ハリウッドにも吹き荒れて犠牲者を多く出している。
この点において、ハリウッドとオッペンハイマーには共感が生じるのだ。
映画『オッペンハイマー』に赤狩りのことが描かれたかどうかは知らないが、こういう被害意識のネットワークが浮かび上がるのは、いかにも自己愛的だと感じた。

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