南井三鷹の竹林独言

汚濁の世など真っ平御免の竹林LIFE

名誉毀損訴訟への疑問

松本人志氏が週刊文春の記事を名誉毀損として、賠償請求訴訟を起こしたことが話題だが、
自ら公的に説明する機会を作れる地位にある人が、記者会見を開いて反論するでもなく、
「事実無根」を主張して名誉毀損の裁判を起こすという態度は、あまり感心したものではない。

名誉毀損を裁判で争う場合、
たとえ書かれた記事に対して、訴えた側(原告)が「事実無根」だとか「誹謗中傷」「デマ」だと主張しても、
訴えた側は、書かれた内容が真実﹅﹅でない﹅﹅﹅ことを証明する必要は全くない。
むしろ、その内容が真実であることを証明する必要があるのは、訴えられた側(被告)、つまり記事を書いた側になる。
だから、気楽な気持ちで訴訟を起こせるわけだ。
どうして証明の義務があるのは、名誉毀損で訴えられた側だけなのだろうか。
これは本当にフェアなシステムなのだろうか。
訴えた側にあまりに有利な名誉毀損訴訟のあり方には、無益な訴訟を助長する要因になりうるという点で大いに疑問がある。
(まあ、どんな訴訟であっても、弁護士にとってだけは有益ではあるわけだが)

それだけではない。
仮に書かれた内容が事実であったことが証明されたとしても、
「事実無根」と主張して訴えた側には、何の罰則もない。
せいぜい裁判にかかった費用と賠償金が取れず、金銭的な損害があるだけだ。
つまり、実際には「事実無根」でなくても、金さえ出せればそう主張するのにリスクはない。

しかし、訴えられた側はそうはいかない。
とりあえず訴えられたというだけで不名誉だし、名誉毀損では証明の労力を一方的に負わなくてはならない。
負けたときには大きな金銭的出費を強いられるため、プレッシャーも甚大だ。
つまり、訴訟費用をドブに捨てる金銭力があれば、
たとえ裁判の勝ち目が薄くても、その過程で訴えた相手に相応のダメージを負わせられるのだ。
そうなると、相手への「嫌がらせ」として名誉毀損の裁判という手段を選ぶ人が出てきてもおかしくない。

僕は法の専門家ではないので、詳しいことはわからないが、
法における証明責任は、権利を主張する側が行うというのが原則のはずだ。
だから、自動車事故で被害を受けた人が、損害賠償の請求訴訟をした場合、
その被害がどれくらいであったかを証明するのは被害者の方になる。
これはこれで被害者が気の毒にも思えるが、このような事例を考えれば、
名誉毀損になると、賠償請求をする側が証明義務を負わないのは、素人の僕には理解に苦しむ。

とりわけ、SNSの「言い争い」レベルで訴訟をするのは、よほど悪質なものでないかぎりは「嫌がらせ」目的ではないかと疑う。
僕は某大学教授のTwitterで、名指しされて「ヘイト」などと誹謗中傷を受けたこともあるし、
「角川短歌」の編集者の仲間からTwitterで殺害予告を受けたこともあるし、
それこそ知りもしない人に、事実無根の嘘をブログで書き散らされてもいるが、法に訴えようとは思わなかった。
僕にはペンで勝負する物書きのプライドがあるし、安易に法を用いた表現弾圧をすることは「表現者の世界」を狭めていく結果になると知っている。
もし言論や表現の世界を愛しているなら、あくまで言論や表現で勝負するべきなのだが、
そういう場面で安易に司法権力を頼みにする表現者やジャーナリストが軽蔑されないのは、日本人が「権力」に弱いからではないかと思う。

話を戻すと、名誉毀損の裁判システムはちっともフェアに思えない。
どうにも毀損されるだけの「名誉」を持つ有力者に対して、批判的にものを書く人に不利なシステムになっているように感じる。
あげく、それが真実だと証明できても、名誉毀損と判断されることもありえるのだ。

司法は専門的な世界なので、僕たち素人はそれが「社会的に正しい判断」だと思いがちだが、
相手への「嫌がらせ」に使うことができてしまう名誉毀損のあり方に、問題はないのだろうか。
この国における「真実」が、「権威による認定」に比べて力を持たないのも、こういう権力者偏向にも思えるシステム設計と関係があるように思う。
芸能人の私事をめぐる事件も、単なるゴシップではなく、法的システムの公正性を考える機会になればいいのに、と個人的には思う。

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