南井三鷹の竹林独言

汚濁の世など真っ平御免の竹林LIFE

排外的ナショナリズムの真の敵は階級闘争

政治的に「左翼」と言われる共産主義思想とは、
富の私的所有を共同体による社会的所有へと集約し、貧富の格差を水平化するものだ。
だから、高度経済成長を経て1960〜80年頃に「一億総中流」を実現した戦後日本は、成功した共産主義モデルに分類することができる。
『新しい階級社会』の著者橋本健二の記事によると、格差の拡大は1980年代のバブル期に始まったと分析されている。
この分析は所得の不平等の指標となるジニ係数に基づくもので、この数値が0だと格差無しの完璧な共産主義になるようだが、
それによると、バブル経済による土地価格の高騰などで資産格差が拡大したことがわかるそうだ。

橋本はこのような資産の格差を「階級」と呼ぶのだが、一般の人々が資産格差を「階級」意識として捉えているようには思えない。
資産運用をしている人は、一部の富裕層に限るわけではないからだ。

日本人は貯蓄好きで、多くの金融資産が貯蓄として眠っていたが、その金を株式投資の証券市場に流せば投資資金が増えて金融経済が活性化する。
それでNISAで個人の株式投資に税制優遇をして、政府は「貯蓄から投資へ」の旗を振った。
個人の株式投資が貯蓄並みに「カジュアル化」し、株を持つことが特別な「階級」だけのものではなくなった。
また、株主と経営者の敵対関係を融和するには自社株を高騰させる策が有効なので、企業が株主優待やストック・オプション制度の導入などで株価の上昇に努めるようになった。
その流れで株価は過去最高値を記録するに至ったが、これまでの貯蓄を投資へと回していればその恩恵にあずかることは難しくない。
つまり、投資の利益を生み出すのは、過去の蓄えだと言っていい。
それならば、金融資本主義の正体とは、「先人」が過去に貯め込んだ資産の活用でしかないのではないか。

「先人」こそが富の源泉であれば、資産との縁がない若年層の貧困化こそが、経済の「現在リアル」だということになる。
若年層は非正規雇用やギグワークの拡大などで相対的貧困率が高く、下層階級アンダークラス化していると指摘されている。
若者が貧困化すると親を頼ることになるので、親が子供を支えられるかぎり、その貧困は可視化されにくい。
ここでも「先人に対する依存」というものが、「貧困という現在リアル」をごまかす役割を果たしている。

もし僕が考えている通り、金融資本主義が「先人の資産への依存」によって機能しているのなら、
金融資本主義の拡大は、人々のメンタルに「先人の資産」を価値として強く刻み込む役割を果たすはずだ。
この価値観こそが「保守」思想にエネルギーを供給しているのではないか、と僕は疑っている。
「先人への依存」が、自らのルーツ(=先人)を価値とする民族的ナショナリズムへと接続するなら、この場所に「先人」を持たない外国人や帰化人には価値がないことになる。
最近の排外主義の台頭は、民族の誇りなどではなく、このような「先人至上主義」の影響ではないだろうか。

そうであれば、現代の排外主義と民族的ナショナリズムが、戦前ノスタルジーを標榜しながら「鬼畜米英」のカケラも持たないことにも納得できる。
彼らは「先人の資産」を価値とする英米(=アングロ・サクソン)型金融資本主義を基盤としている存在だということになるからだ。
アングロ・サクソン国家──とりわけアメリカは、政府による再分配や健康保険などの福祉が大嫌いときている。
おそらく「先人」からの遺産を横取りする相続税も嫌っているだろうと思って調べてみたら、
アメリカの相続税は遺産総額が13,990,000ドル(1ドル150円だと21億円)以上でないとかからないようだ。



資本主義による経済格差や貧困化が進むと、それに対する反発が生まれるのは必然だ。
貧困に喘ぐ下層階級が、富を独占する富裕上層階級に対して敵意を持つのが自然だろう。
そうなるとプロレタリアが資本家に戦いを挑むような「階級闘争」が起こる可能性が高まる。
つまりは共産主義「革命」の機運が高まるわけだ。

当然ながら富裕層は、この動きを歓迎しない。
本来なら社会的富の再配分を通じて、下層階級の不満を減らしていくのが政治的解決となるが、
前述したように、アメリカ型経済ではこのような発想は嫌われている。
アメリカに強く依存するようになったバブル崩壊=総中流崩壊以後の日本では、むしろ格差を容認しながら共産主義的な動きを抑え込むアメリカ的方向に舵を切った。
では、格差を拡大させながら、共産主義を招き入れる「階級闘争」を抑え込むための方法とは何か?
それこそが排外的ナショナリズムなのだ。

古くは嫌韓反中、最近では在日外国人の排斥。
「あなたの富を奪う敵は金持ち階級ではなく、すぐ隣にある外国や身近にいる外国人なのです」
富裕支配層は、下層階級にこのように語りかけて洗脳し、自分たちに攻撃が向かわないようにコントロールしているのだ。
このような「洗脳」の手法に長けていたのが新興宗教であることは言うまでもない。

安倍晋三を強く支持した嫌韓反中を旨とする21世紀型の「保守」勢力は、
「反日」的な思想を持つ韓国由来の旧統一教会と手を結んでいたことで、自己矛盾が露呈して大きなダメージを受けたが、
「嫌韓」を煽っていた勢力が、実は韓国の「反日」新興宗教と仲良しだったという矛盾こそが、
排外的ナショナリズムの真の目的が反共産主義にあることを示している。
なぜなら、旧統一教会と岸信介=安倍晋三は、「国際勝共連合」という反共産主義において結びついていたからだ。
要するに、反共産主義の前では「嫌韓」など取るに足りないことだったのだ。
富裕支配層が本当に敵視しているのは隣国などではなく、下層階級の反抗(階級闘争)でしかないからだ。

今はこのような主張も「陰謀論」と言われるのかもしれないが、
この主張が、排外的ナショナリズムに身を任せている「保守」の人たちが、自分たちが依存するべき「先人」をおかしなところに設定していることを説明できるのも事実だ。
現在の日本の繁栄をもたらした「先人」とは、明らかに戦後の高度経済成長からバブル期までの人々だ。
つまり、彼らがアングロ・サクソン的「先人至上主義」を取るならば、高度経済成長期の日本をこそ「保守」すべきなのだ。
しかし、彼らはなぜか戦前の日本をルーツの位置に置こうと懸命だ。
その理由は、高度経済成長期の戦後日本が、アングロ・サクソン型経済が敵視する共産主義的な体制だったからだ。
今の日本経済(とりわけ観光産業)を支えている資産は、高度経済成長からバブル期の遺産であることは、誰にでもわかる真実だ。
しかし、「保守」勢力はその真実を隠蔽し、あの敗北に向かった戦前の日本をルーツの位置に置こうとする。
そのくせ戦時中に英米アングロ・サクソンを敵にしていた事実には知らん顔でいる。
彼らがこのような矛盾というかサブカル的虚構にしがみつかなければならないのは、
アメリカ型金融資本主義こそが彼らが依拠する真のイデオロギーだからだ。
(そしてマゾヒスティックに再びアメリカに敗れる物語を積極的に生きようとしている)
「日本人ファースト」とか「愛国保守」とか言いながら、日本の自立などポイと捨てて、アングロ・サクソンと一体化したい欲望がダダ漏れしてしまっている。
まったくのお笑いではないか。
(ちなみに安倍晋三の外交ブレーンだった岡崎久彦は、アングロ・サクソン絶対協調主義者だった)

この記事の執筆を止めて夕飯を食べていたら、
13日にロンドンで反移民の大規模デモがあり、11万人が集まったとのニュースを目にした。
その日の集会にオンラインで参加し、デモを煽っていたのがイーロン・マスクだった。
まさに大富豪とアングロ・サクソンの連携による移民排斥運動の現場を見せられて、僕は苦笑してしまった。
難民が高級ホテルで申請待ちをしている、と不満を述べるデモ参加者の声も紹介されていたが、
まさに庶民の嫉妬心が富裕階層ではなく、移民へと向けられていることが確認できた。

このような排外主義に反対するデモも行われたらしいが、こちらの人数は5000人程度らしい。
彼らは左派ということになるのだろうが、左派であればその本懐である「階級闘争」を呼びかけて対抗するべきだ。
左派が堕落してダメになったのは、階級闘争を放棄してしまったからだと僕は思っている。
排外主義に対して、排外主義反対などを唱えても数の論理で敗北する。
それより左派は根性を据えて、虚構に立脚した排外主義では何も解決せず、階級闘争こそが現実的解決だと主張する必要がある。
なぜなら、それこそが富裕層や支配層が最も恐れていることだからだ。

冷静に考えたらわかることだが、安い外国人労働者を必要としているのは、資本主義で利益を得ている富裕支配層だ。
いくら共産主義や階級闘争を避けたいにしても、その富裕支配層が排外的ナショナリズムを煽るのは矛盾であり、これが加熱すると支配層のコントロールが効かなくなる恐れがある。
トランプ現象やロンドンのデモを見てもわかる通り、アングロ・サクソン国家はもう一線を越え始めている。
これからアングロ・サクソン型金融資本主義は、凋落のプロセスをたどることとなるだろうが、
そのオルタナティブも今のところ希望に乏しいものでしかない。

コメント

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

慧眼の分析に首肯するばかり

こんにちは。やややです。
更新お疲れ様です。

分析を拝読して
まったく筋の通った推察だと
膝を叩くばかりでした。

そーかあ。偉い人たちは
「下々のモンが逆らうんじゃねえ!
投資家だけが儲かってるのに
庶民は食うにも困ってる? 知るか!
俺たちの支配体制を守るために
アメリカ様白人様のケツは
いくらでも舐めるぜゲヒヒ」
と思ってるんですねぇ。(戯画的表現)

水戸黄門や暴れん坊将軍を
楽しんでいた世代としては
「偉い人は立派なんだろう」
と子供の頃は信じていましたが
大人になるにつれ
まったくそうではなかったのだと
思い知らされましたね…

一人前の年齢になった男として
何かしら悪党どもに
目にもの見せてやりたいと
考える日々です。

南井さんの硬派な文章と姿勢は
「そーや、この世の欺瞞から目をそらさず
闘わなアカンのや」
と決意を新たにしてくれますね。
ありがたいことだと思っております。

では、更新お疲れ様でした。
次回の更新も楽しみにしています。

やややさんへの返答

どうも、南井三鷹です。
やややさん、コメントをありがとうございます。

僕が子供の頃の時代劇(『水戸黄門』『暴れん坊将軍』)は、「権力者による弱者救済」という根本図式がありました。
青年期になると、この「権力者による」という図式が嫌になり、浪人が活躍する『三匹が斬る!』に活路を見出しましたが、
この浪人たちも正体が幕臣だったりして、「結局それか」となりました。
結局は既存秩序に頼る「江戸メンタル」がこの国の「正義」なんだと失望したものです。

僕が生まれた年にドラマが始まった『木枯し紋次郎』を、のちに見る機会があったのですが、
この紋次郎は農家の生まれで完全な渡世人。
ハードボイルド風の時代劇で、やはり70年代は世から疎外された主人公というのが受け入れられていたんだと感動したものです。

もう80年代以降の日本をタイムリープするのはウンザリなんです。
最近のドラマは戦後を扱っても、平気で現代の価値観を投影して描きます。
70年代はどこにいったのでしょうか。
村上春樹以前の戦後作家はどこにいったのでしょうか。

  • 南井三鷹
  • 2025/09/19(Fri.)

追伸

左派が階級闘争から
目を逸らしてるというのも
仰る通りだと思います。

ただ私も心情的には左派よりであり
階級闘争は必要なのだと思うのですが
それ「だけ」では
何かが足りないのではないか、
あるいは階級闘争に勝利した後の
世界態勢をどう構築して
維持していくのか、
という問題に答えを出すのは
極めて難問題だろう、
と言ったことを思案しております。

私(たち)の闘いは
世界的であるけど
極めて個人的なものでもあるんだろうなあ、
という気がしますね。
人生自体がそういうものかも知れませんが。

もっとも闘いを諦める気は
全く無いのですが、
極めて長期戦になるであろうし
かつ相手がどんな悪辣な手でも
使ってくるだろうと思うと
やれやれとため息をつきたくなりますね…

でもまあ、愚痴を漏らしても仕方ないので
ぼちぼち頑張ろうと思います。
(壮大な問題を前に妙に気楽で前向き)
(力抜いて構えてないと
やってらんないよー)

では、良い分析を
ありがとうございました。

やややさんの追伸へのコメント

正直に言えば、僕は共産主義を支持しているわけではないので、
左派には階級闘争を求めますが、それが権力を握ることはないと思っています。
権力奪取ではなく、ただ抵抗のための闘争をこそ求めています。

個人的な意見かもしれませんが、
僕はそもそも「文学」という手段は勝者が用いるものだと思っていません、
勝者が文学を用いたら、それはただの「宣伝」でしかありません。
(それこそが80年代以降の文学と見なされていたものの正体です)
「階級闘争」も「文学」も敗者による抵抗であるべきですし、
敗れ続けていることが勝利になるという、稀有で逆説的なものなのです。
そこに現世利益などはなく、あるのは自分がいなくなった後の勝利だけです。
(繰り返しますが、個人的な意見です)

次の世代の力になるかどうかは、死ぬまで戦い抜いたかどうかしかありません。
僕がいわゆる「左翼」を軽蔑しているのは、死ぬまで戦わずにヒヨったメディア言論人になどに成り下がったからです。
(今で言えば斎藤幸平がその代表です)

つまりは階級闘争も手段でしかないのです。
とにかく「今」という時代と戦うこと、それが文学の使命だと僕は考えます。
だから本屋に並んでいる最近の商業誌から出てきた作家の多くはニセモノです。

戦いは長期戦どころか死ぬまで続きますので、気楽にやるというやややさんの姿勢は良いと思いますよ。

  • 南井三鷹
  • 2025/09/19(Fri.)

プロフィール

名前:
南井三鷹
活動:
批評家
関心領域:
文学・思想・メディア論
自己紹介:
     批評を書きます。
     SNS代わりの気軽なブログを目指して、失敗したブログです。

ブログ内検索

最新コメント

カレンダー

09 2025/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31