旧統一教会や裏金問題の渦中にあった自民党候補者も、ほとんどが当選しそうな勢いなので、
本心から自民党の裏金問題に怒っていた人はいなかったことがわかる。
どうせ周囲が怒っているから、自分も怒っていただけなのだ。
そのため「目に映る情報」が高市をいいと言えば、自分もいいと思ってしまう。
それで「高市さんの好きにやってください」というのが、有権者の意志ということになった。
やはり、首相の資質に欠ける人をマスコミが理性をもって批判しなくてはいけなかったのだ。

僕としては、「なぜ国民が愚かな支配者を選ぶのか」という謎が実地で解明されたことが収穫だと思っている。
前々から「政治なき政治」と「被害の物語」が選挙を支配していることを指摘してきたが、
このような結果になった原因は、「国民のほとんどが選挙を自分の未来に関わる政治的選択だと思っていない」ということになるだろう。
高市にこれだけ勝たせたら、何が起こるかも想像すらしていない。
自意識世界の住人たちにとって、実社会が果てしなく遠く思えるのは理解できる。
彼らにとって「政治的選択」など遠くの出来事でしかなく、「気分」をアゲるかサゲるか程度のものでしかないのだ。
要するに、多くの日本人は政治に対してとびきり「無責任」な人たちなのだ。
この選挙結果に責任ある選択などありようがない。
たとえば高市自民党に投票した人に、「外国人政策」を重視した人が一定数いたに違いないが、
すでに高市は「外国人の受け入れ」という現実路線に転換している。
本当にアンチ外国人というイシューで選択したならば、高市を支持するのは矛盾なのだ。
「外国人政策」で高市自民党に投票した人は、単純に無責任なバカであるか、高市に「帰依」して騙されている信者でしかないということだ。

旧統一教会という「反日」的な教義を持つ宗教と繋がっている政治家を支持しておいて、
自分が「愛国」で「保守」だと思い込んでいるのも奇妙だ。
しかし、インスタントな「高市教」の信者になるような人が、政治家と新興宗教との関係を批判できるはずもなかろう。
「高市教」とは高市を神として信仰する人ではなく、「自分にとって都合のいい人を神として信仰する」という「甘えの宗教」のことだからだ。
むしろ、権力者が自分と同レベルの「甘えた人間」であれば、自分の「甘え」も救済されると彼らは信じている。
このような「無責任」な人たちを政治に参加させるのは、端的にリスクだと僕は思っている。
だから、政治を良くするためには、一定年齢以上の人全員に選挙権を与えるべきではないのかもしれない。
では、なぜ普通選挙が行われているのか。
その理由は簡単だ。
国民全員を政治に参加させることで、国家が行う戦争も国民の責任となる。
国政に参加しているのだから、政治決定された戦争から国民は簡単には逃げられない。
つまり、近代国家における選挙権は、徴兵の義務とセットだった。
その意味で「選挙に行こう」という言葉の裏には、「戦争になったら行こうね」というメッセージが隠れている。
だからこそ、慎重に判断して投票する必要があるのだ。
こういうものに「無責任」に参加するということは、自分の生命を軽視しているのと同じことになる。
今回の無責任選挙を引き起こした原因は、ネットや新聞やテレビなどのマスメディアにある。
マスメディアが実感からはるかに遠い「高市フィーバー」を生み出して、嘘から真を作り出した。
そもそも政権与党にとって都合のいい時期に自由な解散を許し、相手の準備もできないうちに選挙ができるのであれば、普通に与党が勝てなければおかしいだろう。
この問題はテレビで多少は批判的に語られていたが、高市がテレビメディアからとことん逃げたこともあって、「高市フィーバー」を減速させることにはつながらなかった。
これは「解散は総理の専権事項」などという民主主義を破壊する嘘を、これまで問題視してこなかった報道機関に大いなる責任があると思う。
以前も書いたと思うが、小選挙区制度は二大政党を基盤としたものなので、「政権交代アレルギー」の強い日本人には合っていない。
それなのに、いつまで経っても選挙制度を戻そうという話が出てこない。
どうでもいい議員定数の削減などが話題になっただけだ。
この問題一つをとっても、大学の政治学研究者たちや報道機関が本当に仕事をしているのか、僕は不信感しか持っていない。
僕が最大に問題だと思っているのは、従来のアングロ・サクソン主導のグローバル資本主義体制が行き詰まっているのに、
それを解決するオルタナティブなヴィジョンが存在しないことだ。
(日本には環境問題を重視する政党すら、ほぼ存在していない)
その結果、経済大国で歪んだ選挙結果が生み出された。
アメリカでは、共和党と民主党の外部からトランプという男がやってきて、共和党を乗っ取った上にアメリカまで乗っ取った。
アメリカ国民は、現体制と違うオルタナティブを求めて、その外部の人に期待したのだが、
その結果がアメリカ帝国主義の横暴による平和な社会の破壊でしかなかったのは、多くの人の知るところだ。
オルタナティブを望んでいるはずが、既存権力の強化を招き寄せただけに終わったのだ。
日本のケースも似たようなことになっている。
日本経済がここまで衰退した原因は明らかに自民党にあるのだが、
なぜかそれで割を食っている若い世代が、オルタナティブどころか自民党を支持している。

この奇妙な心理には共感しがたいが、今の若い世代は異常なほどレールから外れることを恐れていて、「権威に従順である」こと以外に成功の道がないと思っている。
だから、追い詰められて不安になるほど、強者の近くにいたがる。
今の社会状況の原因を考えるだけの合理思考がなく、ただ誰が強いか、誰についていけば得ができるか、そんなことばかりを行動原理にしている。
もちろん、この傾向は若い世代特有のものではなく、上の世代にも存在しているが、とりわけ若い世代に目立つ。
それもそのはずだ。
今の日本は過去の遺産しか誇れるものがない。
観光資源もほとんどバブル時代までに生み出されたもので、経済停滞期に生まれたもので誇れるものなどほとんどない。
アニメだって昔の作品や、そこからの派生作品の方が人を集めるし、
「少年ジャンプ」のヒット漫画の方法論も、昔からそれほど変わっていない。
転生したらうまくいく話や、オタクがオタク内面のままで思わぬ良い思いをする話ばかりが量産され、もはや「性的要素が露骨でない風俗サービス」で溢れている。
デジタルネイティブという強みはあるが、逆に言えばそれしかない。
(チームみらいが議席を伸ばしたのは、そういう理由と目新しさだろう)
そのデジタルコンテンツも多くは上の世代から与えられたものでしかないのだ。

飼い慣らされた若い世代には、上の世代と戦うという発想すら生まれない。
(自分を投影した)他人が傷つくようなことは全部ダメだから、自分が好感を持つ権力者への批判もダメという屈折した自己愛ばかり。
結果、若い世代は「上から与えられたもの」で自己愛を競うだけになってしまった。
(そのせいで年配世代は若い世代に媚びる人ばかりになった)
一時期「親ガチャ」という言葉が流行ったが、それは要するに「上から与えられたもの」こそが自己形成にとって決定的だという発想から来ている。
だから、たとえ自民党が官房機密費を使って高市のYouTube動画を死ぬほど再生しようと、
「上から与えられたもの」が多いのだから、それは必然であって何も悪いことではない、としか思っていないだろう。
収支報告をちょろまかして裏金にするのも、「上から与えられたもの」が多いからできることであり、それ自体がすでに強さだと感じているかもしれない。
このような強者依存の価値観こそが「保守化」の源泉であるわけだが、自力で懸命に生きる人たちには理解に苦しむ発想だろう。
今の日本は、自力で真面目に生きる人たちが損をする社会になってしまった。
若い世代が権力に反抗した時代は、とっくに過去のものだ。
オルタナティブの夢を描く苦労より、強者に取り入って得をすることを考えた方が楽ちんだ。
未来に希望はないので、選挙での選択でも、未来のことなど考えはしない。
ただ現状において「誰が強いか」、「誰について行けばいいか」だけが問題になる。
その意味では「推し活」のような選挙という分析は、当たらずしも遠からずということになる。
もちろん若い世代にもちゃんとした考えを持っている人は一定数いるので、全て世代の問題に還元するのは間違っている。
世代と言うよりは、「最近の日本人」の傾向と言う方が正確かもしれない。
ただ、若い世代はほとんどが「最近の日本人」で構成されているので、この傾向が他の世代より顕著になりやすいのだ。

高市を担ぐ「保守」勢力に対して、有効な対抗勢力が存在しなかったのも、歴史的大勝利を生み出した大きな要因だ。
「保守」に対抗する「革新」の方向に立つ場合、やはり未来のオルタナティブを提示しないことには力は宿らない。
高市人気に焦った立憲民主党が、組織票をあてにして急遽公明党とひっついて自滅していったわけだが、
そもそも中道改革連合には、「改革」と言えるほどのオルタナティブの提示(未来のヴィジョン)が全くなかった。
党を代表する顔も古い人ばかりで、男性ばかりが目立つ。
「保守」に属する党の方が、女性をうまく利用している。
男性社会に対して女性を押し出すだけでもオルタナティブ感があるわけだから、それを「保守」がやって「革新」がしないのでは大敗しても仕方がない。
大衆相手の選挙とはこのようなレベルで行われるのであり、もはや選挙を「政治的なもの」と考えること自体が時代に合っていないと思うよりほかない。
どうせ未来は暗いのだから、良い気分にしてくれる人を選ぶ、そんなものかもしれない。
僕自身は高市を見ていても嫌悪感しか催さないが、まあ、ああいう「嫌われたくないオバちゃん」的な姿勢に共感する人が「最近の日本人」に案外多いことは日々身に染みて知っている。
「都合のいいことしか信じない」人たちにダメージを喰らわせるのは、厳しい現実以外にない。
きっと「最近の日本人」には、生活にも心理的にもまだまだ余裕があるのだろう。
どうせ日本は転落する以外に道がないので、僕は選挙に参加しないつもりだったが、
前のめりにアメリカの属国になる政権にはノーを表明しておきたくて、最後には参加した。
これほど自民党が勝つのであれば、投票に行って良かったと思っている。
とっくに選挙速報番組は消してしまったが、そろそろダメ押しの確定状況でも見てやろう。