
14日と15日に北京で行われた米中首脳会談は衝撃的だった。
トランプ大統領はルビオ国務長官、ベッセント財務長官という政権トップだけでなく、「世界最高のビジネスマンたち」を引き連れて北京を訪問した。
会談の冒頭では習近平が、両国は「競争相手ではなくパートナーとなる」と語り、トランプの
G2構想に呼応する。
貿易赤字と製造業の空洞化の改善のため、中国に対する強硬姿勢を売りにして再選したはずのトランプは、習近平を「偉大な指導者」だと持ち上げる。
中国に対するサービス満点の態度には、「アメリカの偉大さ」にこだわり、大統領就任前から中国を敵視していたはずのトランプの「負け」を強く僕に印象づけた。
トランプ政権の
失政はむしろ中国を利する結果になっていたので、当然ではあるのだが。
この背景にはイラン情勢がある。
逆風の中にあるトランプは、支持率低迷を打開する目的で、ネタニヤフの誘いに乗ってイラン攻撃に踏み切った。
この「戦争」は杜撰な見通しで行われたことが程なく明らかになる。
イランの制空権を奪って
アリー・ハメネイ最高指導者を殺害したものの、トランプが期待したようなイラン国民による体制転覆や内戦は起こらず、
新指導者
モジタバ・ハメネイ(意識不明?)のもとイランの
革命防衛隊と国軍は徹底抗戦で応じた。
喪失に対する怒りと悲しみの巨大さが合理性や損得勘定を捨て去ることが、攻撃する側にはわからない。
感情より勘定を優先するトランプ政権の利己主義では、イランの「
取引」無用の反撃が予測できなかったのだ。
その帰結がホルムズ海峡の封鎖であることは言うまでもない。

イランによるホルムズ海峡の封鎖によって、タンカーが海峡内に足止めされ、石油やナフサやLNGの輸送途絶が起こっている。
インフレに苦しむアメリカにとっては石油価格の上昇は無視できない。
支持率や中間選挙に影響しないわけがないので、トランプ政権にとってホルムズ海峡の開放は最優先課題となっている。
支持率回復のためのイラン攻撃が、トランプ関税による価格上昇に油を注ぐ形でインフレをさらに加速させ、トランプ自身の首を絞める結果となっているのだ。
自業自得の愚かすぎる見本としか言いようがない。
米中首脳会談の詳しい内容まではネットニュースではわからないが、
トランプの低姿勢が、ホルムズ海峡封鎖の解決に向けて中国に協力を「お願い」したことと関係があるのは間違いない。
嘘つきトランプの発表ではイラン問題について習近平が支援を申し出た、としているが、どうもこれが事実かどうかは怪しい。
中国側の発表にそのような内容はないし、むしろ「協力を断られた」という記事も見かけた。
アメリカ側は「イラン問題は中心議題ではない」としているが、これも強がりに思える。
やはり今回の米中首脳会談がトランプの「負け」という印象だったのは、僕の気のせいではなかったようだ。
かつてトランプは、中東の石油に依存しているのはアメリカより中国や日本や韓国なのだから、彼らがホルムズ海峡に軍隊を派遣するべきだ、などと言っていた。
そもそもベネズエラへの攻撃にしても、イラン攻撃にしても、中国への石油供給に対する嫌がらせという面があったはずだ。
それなのに、石油供給で苦しむはずの習近平の方が余裕綽々で高みの見物をしている。
なんとも皮肉なことだが、トランプのおかげで、いかに金銭より知性の方が重要であるかが知れ渡ってくれれば、せめてもの幸いということになろう。
さて、この会談の最大の被害者はトランプではない。
一番ダメージを受けたのは、他ならぬアメポチ政権の高市早苗と対米従属自民党だ。
ハッキリ言うが、こうなってしまうともう高市政権に未来はない。
自民党は21日に「国力研究会」などという高市政権を挙党一致で支えるグループを作ったが、
そもそも党の総裁を支えるのに、党の内部に新しいグループがなぜ必要なのか、国民には全く理解ができないことだろう。
このタイミングで「踏み絵」を始めたのは、高市政権の基盤である「従属主義」が完全に破綻してしまったからだ。
高市とそれを支持する「エセ保守」ポピュリズムの本質は、強者依存の「従属主義」と整理できる。
強い者や強い勢力に「従属」して、自分も「強者になった気分」になるあり方だ。
自分が強いものに従属するだけでなく、他人にも強者への従属を要求するところがタチが悪い。
つまるところ「気分」以外に何も現実的な中身はなく、
現実の危機については「自分に都合のいい解釈」でごまかして、実際には何もアクションを取らないで終わる。
「従属主義」は個人的な「気分」にしか効果がないので、「自分は強者(アングロ・サクソン)の一員だ」という幻覚を与えてくれる「薬物」を過剰服用して、現実逃避をしているようなものだ。
薬物依存がそれを購入するための金銭依存になり、金銭を持つ強者依存になり、強者に寄り添う権力依存になる。

しかし、アメリカが中国を対等の「パートナー」と認めてしまうと、彼らの「従属主義」は見事に破綻してしまう。
高市支持勢力はほとんど例外なく、中国を脅威とすることでアメリカへの依存を強めている連中だからだ。
会談後にトランプは台湾問題に対してもかなり「後ろ向き」な発言をしている。
親分アメリカが下手に出ているのでは、日本が中国と事を構えても、アメリカの支援は期待できない。
「従属主義」はあくまでアメリカが中国より強いことを前提として成り立つものなので、
今回の米中首脳会談によって、アメリカ頼りの中国敵視という「従属主義」の非現実性が明らかになってしまったのだ。
日本としてはこの「都合の悪い現実」から逃げるほかない。
当然ながら日本のメディアの多くは米中首脳会談の真実が表に出てこないのをいいことに、
会談に大した成果はなかった、とか、表向きは仲良くする顔をしているが、依然として米中は対立している、という言説を流し続けている。
もちろん、米中が本質的に競争相手のままであるのは正しいのだが、
もはや「対等な日米同盟」は明らかに虚偽であり間違いであるのに対し、アメリカと中国が互いに「パートナー=対等の協力関係」にもなりうるということが公然と確認されてしまったのは事実だ。
これで安倍晋三時代の、「戦後レジームから脱却して対等な日米同盟を築く」というビジョンは完全に御破算になった。
対中強硬姿勢のトランプが折れるしかなかったのだから、トランプの次が誰だろうと米中関係が大きく変わることはありえない。
それほどまでにアメリカの弱体化は進んでいる。
アメリカを「強者」とする「従属主義」は、根底から崩れているのだ。
憲法を変えて自衛隊をアメリカ軍と一体化しても、その時だけ「気分」の高揚は得られるかもしれないが、当のアメリカが落ち目なのだから日本の没落を変えることはできない。
もはや現実を冷静に認識できる人は、このような「従属主義」で日本の劣化を解決できるとは思わないだろう。

しかし、日本人の「お気持ち」を優先する生き方が、実効性のない「従属主義」に力を与えている。
「お気持ち」を優先するということは、「心弱さへの共感」を価値とすることでもある。
これには他人の痛みを気遣える、という良い面があることは間違いないが、その反面、現実的な苦境に対して理性的・合理的な対処ができない、という悪い面がある。
その「お気持ち主義」は、バブル経済で慢心したポストモダン日本で変質した。
「一億総中流」で満たされた人々は、もはや日本に「かなしみ」など存在しないとばかりに「弱さ」を捨て去り、「強者・成功者」に一体化する「浮かれ気分」の共有を重視するようになった。
(大谷翔平の活躍をやたらに伝える日本メディアの根底にあるものはこれだ)
かつての「心弱さへの共感」は、今や「傷つくことを極度に恐れる過剰な自己愛」へと置き換わり、
感情コントロールのできない幼稚さ、仮想敵を設けて他人のせいにする他責思考──「強者を装う人格的未熟さ」として現れるようになった。
そのためポストモダン社会では、「お気持ち」の擁護が「強者を装う人格的未熟さ」の擁護へと転換した。
これが「従属主義」と結合した結果、無能な権力者の「お気持ち」を傷つける現実や批判を許さない社会ができあがったのだ。
その集大成こそが、高市早苗をトップに抱いた今の日本であることは言うまでもない。
「お気持ち」社会が堕落すると、自分が傷つきたくないがために他人を傷つける「感情の非ー政治」が現れる。
そこには政治を語る言語は存在しない。
あるのは経済弱者の切り捨てと、飛び跳ねたり、ハグしたり、相手の眼鏡をかけたり、などの「浮かれ気分」のパフォーマンスだけだ。