南井三鷹の竹林独言

汚濁の世など真っ平御免の竹林LIFE

林少陽『戦後思想と日本ポストモダン』

たまたま大きな本屋で見かけるまで、この本の存在には気づかなかった。
だから最初は新刊かと思ったが、奥付を見たら2023年の出版だった。
マイナーな出版社(白澤社)だからだろうが、他の大きな書店で見かけた覚えがない。
著書のリン少陽シャオヤンは広東省生まれの中国人で、1999年に東京大学に留学して、その後に准教授や教授を務めている。
「あとがき」で日本に来てから「現代思想」の洗礼を受けたと本人が書いているので、
リアルタイムの体験としてはゼロ年代以降であるはずだ。
奇しくも1999年といえば、僕が大学院で妻と知り合った年であり、妻を口説くために彼女の関心対象である「現代思想」の本を読み始めた時期と重なる。
「現代思想」が専門でないという距離感も似ている。

「従属主義」を支える「お気持ち主義」

14日と15日に北京で行われた米中首脳会談は衝撃的だった。

トランプ大統領はルビオ国務長官、ベッセント財務長官という政権トップだけでなく、「世界最高のビジネスマンたち」を引き連れて北京を訪問した。
会談の冒頭では習近平が、両国は「競争相手ではなくパートナーとなる」と語り、トランプのG2構想に呼応する。
貿易赤字と製造業の空洞化の改善のため、中国に対する強硬姿勢を売りにして再選したはずのトランプは、習近平を「偉大な指導者」だと持ち上げる。
中国に対するサービス満点の態度には、「アメリカの偉大さ」にこだわり、大統領就任前から中国を敵視していたはずのトランプの「負け」を強く僕に印象づけた。
トランプ政権の失政オウンゴールはむしろ中国を利する結果になっていたので、当然ではあるのだが。

「安い国」と〈アメリカ従属原理主義〉

エレベーターがひたすらに地下へと降っている。
ボタンを見るとB1Fまでしかないのだが、なぜかさらに下の階へと運ばれている。
いったい、このエレベーターはどこまで地下へと降りていくのだろう。
最下層でドアが開いたとして、その前にはどのような光景が広がっているのか、
ダンテと共に地獄めぐりへと旅立つような、言いようのない不安が背中をひたひたと上ってくる。
──高市内閣の誕生以来、僕を乗せたエレベーターの下降速度が上がった気がする。

日本が衰退し落ちぶれることは前々からわかってはいたが、
実際に落ちぶれた国で日々を過ごしていくことがどういうものなのか、
慣れてしまいそうで、慣れることが決してありえないような、底を想定できない地盤沈下の実態は、実際に体験してみるまでは想像できなかった。
しかし、とうとうそのような事態へと突入してしまったので、これまでの単に「落ちていく」という衰退局面とは決定的に違う「奈落」が見え始めている。
こんな「下降体験」と、僕たちはいつまで付き合っていかなければいけないのだろうか?

負けヒニンが多すぎる!

今の日本経済はどうにもならない。
もはや日本の政治能力でスタグフレーションを回避できるとは思えないので、政治批判をするのも徒労に思える。
たしかに高市はどうしようもない為政者だが、危機的状況で他者依存のポピュリストを首相にしてしまう国民に問題があるのは明らかだ。
結局、戦後日本人の根幹にあるのは「甘え」だけなのだ。

アメリカ覇権の終わり

花粉症がきついこともあって、時事問題について書く虚しさに勝てずにいたが、
アメリカとイスラエルが本格的にイラン攻撃に踏み切ったことについて、嫌々ながら書き残しておこうと思う。

多くの識者が最近のアメリカの軍事行動について語っているのを目にしたが、
どれも問題の核心に触れていないという印象を持った。
本気でわかっていないのか、言いたくないのかわからないが、
僕が恐れずに問題の核心を口にするならば、次のようになる。
覇権国アメリカによるグローバル資本主義の世界支配が終わりを迎えている。
資本主義万能の時代が本格的に終わろうとしているのだ。
つまり、今は世界的なパラダイム移行期にある。
その変化に抵抗して「栄光の過去」を追い求める老害じみた人々の心理によって、世界情勢が混沌に落とし込まれているのだ。

「他人任せ」の末路

竹林は静かだ。
慰霊碑代わりの映画のエンドロールが延々と流れているかのようだ。
この記事の前に書いた原稿は、すべて「虚しさ」からボツにした。
帰宅後にはテレビの報道番組を全く見なくなった。
SNSの情報やネットニュースが時折、車窓の風景のように流れ去っていく。

今回の選挙は民主的とは到底言えないものだった。
結果を操ろうとする力が暗躍していた。
前々から指摘しているように、トランプ政権が意図的に政局に介入した可能性が高い。
ナメたことに「勝利の要因は私だと高市に言われた」とトランプ自身が自慢げに語っている
不正選挙を疑う声があるのは当然だろう。

こんなもんだよ日本人

今は2月8日20時、選挙速報を見ながら原稿を書いているが、どの速報番組でも自民党の大勝利という予測が出ている。
これが現実ということだろう。
事前のマスコミ調査とそう変わらない結果が出ていて、前回の大ハズレからするとデキすぎにも思えるが、
あまりに日本人が「チョロすぎる」ことに驚きがないと言えば嘘になる。
どうやら憲法改正に反対する勢力が落選していく「左翼狩り」という流れで、海の彼方にいるトランプのほくそ笑みが目に浮かぶようだ。
おそらく小選挙区にありがちの偏向によって、実際の自民党支持の割合よりも、自民党が多く議席を獲得しているとは思うが、
官邸独裁と憲法改正を推し進める結果を導く選挙になってしまったこと、それをマスコミがただ後押ししてしまったことが残念でならない。

林古度「金陵冬夜」

もし自分の国が滅びた後も生きながらえてしまったら、どう生きていったらいいのだろうか。
大抵は目の前にある二つの未来の前で、思い悩むことになる。
もう国が滅びてしまったのだから、気持ちを切り替えて新しい支配者のもとで働くか、
新しい国に参加することを拒否して、忠節を曲げずに世捨て人になるかだ。

万世一系と称して抜本的な王朝交代を否定し続けている日本に比べて、中国は明確な王朝交代を何度も経験してきた。
しかし、王朝が交代しても統治機構を支える人材は必要であり、敗者たる官僚たちが引き続き新しい王朝で働くことは珍しくなかっただろう。
敵に屈することにどの程度の葛藤があったのかは計り知れないが、強い葛藤と悩ましさを引き起こす状況が容易に想像できるケースもある。
異民族が支配する王朝が誕生した時だ。

なぜ政治は「私物化」されたのか

アングロ・サクソンの世界支配が揺らぐ現在、アメリカと日本で政治の「私物化」が急速に広がっている。
大統領に再選されたトランプが、覇権国アメリカを復活させるために選んだ政治手法は「力の政治」だった。
その内容はもはや「政治」とは程遠い、軍事的優位性をちらつかせた「脅しディール」や兵隊を使った反対派の弾圧でしかなくなっている。
畢竟ひっきょう、トランプには決定的に政治能力が欠如していたと評価するほかないが、政治力のない政治家が国のトップに立つという現象は、普通に考えればかなり奇妙なことだ。
その原因を推察するに、「有権者たる国民に強い政治嫌悪があるから」という結論にどうしても至り着く。
政治が嫌われたために政治家が嫌われ、政治家が嫌われたために、政治オンチのタレント的ポピュリストが台頭し、政治力のないトップが権力を振りかざして横暴を行う──、
アメリカがそんなヤクザまがいの政治(=非政治)をしているために、世界的に民主主義の価値が驚くほど低下している。

最先端と流行

資本主義にコントロールされた消費文化では、「最先端と流行」によって「今」が形作られる。
誰もが最新の流行を気にして、「今」を探っている。
だから年末になると、マスメディアを中心に今年がどんな年であったかを総括したがる。
その典型が「今年の漢字」という企画で、年末になると今年を象徴する漢字一字を募集して、一番多かったのを清水寺の坊主による書で仰々しく発表している。
(俗世間の「今」の形象化が仏教と何の関係があるのか?)
政治利用が目立つ「新語・流行語大賞」の趣旨も、同様の「最先端と流行」にあるように見えるが、
これらは「今」という「共有された同じ時間(共時)」を生きていることを確認したい欲望によって持続している。
つまり、人々の共同性を同時性によって確認するための行事だと言っていい。

プロフィール

名前:
南井三鷹
活動:
批評家
関心領域:
文学・思想・メディア論
自己紹介:
     批評を書きます。
     SNS代わりの気軽なブログを目指して、失敗したブログです。

ブログ内検索

最新コメント

カレンダー

06 2026/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31