南井三鷹の竹林独言

汚濁の世など真っ平御免の竹林LIFE

タイムループ化するポストモダン

「まだ東浩紀を読んでいるのか」
この前、思わずそう口にしそうになったという話。

僕の職場に30過ぎの〈フランス現代思想〉好きのイケメンくん(大学院にいたという噂を聞いた)がいる。
彼が僕の向かいで熱心に本を読んでいたので、また現代思想系の新刊本かと目をやると、
開いた本のカバー上部で、東浩紀の新刊『平和と愚かさ』(2025年)だと想像がついてしまった。
ああ、現代思想オタクはまだ同じところにいるのか、と納得と絶句が同時に襲ってきた。

臆病者の全体主義

新年早々におめでたくない記事で幕開けをすることになるのは気がひけるが、それこそが2026年にふさわしいということになりそうな予感がする。
今年の世相が明るくなるということは考えにくい。
愚民政策の比喩である「パンとサーカス」で言えば、「パン」の配給では国家財政が苦しくなるばかりなので、 2月の冬季オリンピック、3月のWBC、6月のサッカーのワールドカップという世界的「サーカス」で民衆の不満をやり過ごすことになる。
腐った「オールドメディア」はスポーツ中継と自然災害でしか存在価値が示せないので、これまで以上にオリンピックやWBC、ワールドカップで大騒ぎするだろうが、
残念ながらスポーツ国籍コロンビア人の僕には、薄っぺらいスポーツナショナリズムなど「ちっとも効かない麻酔薬」にしかならない。

「国防」争点の選挙をすればいいじゃないか

前々から日本が本当に民主主義国家なのか疑問に思ってきたが、最近は政権そのものが民主主義を尊重していないと感じる。
というのも、高市政権が安倍の「官邸独裁」やトランプの「国政の私物化」を真似して、「民意なき政治」を行おうとしているからだ。
それなのにNHKをはじめ大手マスコミは政権批判には及び腰でしかなく、
高市内閣が選挙による国民の信任を受けていない「党内クーデター内閣」であることを隠すために、
高すぎる内閣支持率で「民意」の穴埋めをして、民主主義の形骸化に協力している。

統計を使いこなせない国

前々から思っているのだが、マスコミが実施する「内閣支持率」調査の数値を、いかにも「民意」であるかのように受け取ることには問題がある。
世論調査は民意を推測することに役立つだろうが、それはあくまで調査結果が実態を正確に示している場合に限る。
アンケートは質問の仕方や用意された選択肢によって結果が大きく左右されるし、また状況によっては本心で回答してもらえないこともある。
だから支持率調査の結果を過信するべきではないし、ときに「偽の民意」を作り出す道具にもなりうることを理解しておかないといけない。

「保守愛国」と「若返り」願望

日本人はまたかつてのような失敗に向かっている。
満州事変から日中戦争を経て太平洋戦争へと至る十五年戦争の時代、大日本帝国は「天皇を中心とする『國體』」という支配体制の維持を最優先し、国民の生活や生命をひどく軽視した。
その結果がどうなったかは多くの人が知るところだが、無数の死者と焼け野原が残るだけとなった。
この失敗の責任を支配層にだけ帰すことはできない。
支配層の自己保身政策に、国民が積極﹅﹅的に﹅﹅従って全体主義化したことに問題があった。
当時は国民主権の国ではなかったが、国民に失敗の責任がなかったということはありえない。

間違いを認められない「ネット民内閣」

高市内閣が誕生して以来、なるべくニュースを見ないように努力してきたが、
それでもこのニュースには気がついてしまった。
11月7日の衆院予算委員会での台湾有事をめぐる質問に対して、
高市首相が「戦艦を使ってですね、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます」と発言したことだ。
台湾有事集団的自衛権行使の対象に当たるかどうかについては、政府はこれまで「曖昧」にしてきたという経緯がある。
それを踏み越えた発言だったのだが、国家戦略のもとで十分に考えられた発言ではなく、どうやら高市当人の身勝手な「思い入れ」によってなされたものでしかなかったようだ。
中国共産党は台湾への軍事侵攻の可能性を排除していないので、
台湾侵攻に対する軍事的関与の可能性を明言した首相の国会答弁に、中国共産党が猛反発するのは当然で、経済的なプレッシャーをかけて高市発言の撤回を要求している。

「見る」ことと「する」こと

メディア端末によってインターネットに常時接続できる環境が一般化したことで、
今やマーケティングの重点が、人々に物を買わせる段階よりも、さらに前の段階に移動している。

インターネットでは膨大な量の商品にアクセスが可能だ。
つまり、消費者の前には無数の選択肢が広がっている。
そうなると、その商品を買ってもらうより前に、その商品を目に留めてもらうことの困難さの方が重大になる。
まずは商品を「見てもらう」ことが勝負だということになる。

「属国化」がもたらす集団的自己愛社会

高市早苗が日本初の女性首相となって2週間が経ったところだが、マスコミによる「高市フィーバー」の演出が目につく。
2016年に総務大臣だった高市が「放送局が政治的公平性を欠く」場合に電波停止もありうると答弁したことに用心しているのかもしれないが、
権力の政治介入に抵抗できない日本マスコミの面目躍如というところだ。
TBSでは高市内閣の支持率が82%と報道されていたが、総裁就任後の時事通信の世論調査と数値が違いすぎる。
少数与党の党員選挙だけで成立した首相を、国民の80%以上が本当﹅﹅支持するのであれば、その国に民主的な選挙など必要はなかろう。

排外的ナショナリズムと共産主義の不都合な関係

前回の記事で、アングロ・サクソン型金融資本主義が「先人の資産」を価値とするものであり、
同じく「先人」を価値とする排外的ナショナリズムと結びつき、自らに敵対する階級闘争を抑止している、と書いた。
本来なら階級闘争に向かってもいいはずの低所得層の不満が、排外的ナショナリズムに吸収されている、という話だ。
こうして生活に不安を抱える人たちの敵は、富裕層ではなく外国人へとズラされていく。

排外的ナショナリズムの真の敵は階級闘争

政治的に「左翼」と言われる共産主義思想とは、
富の私的所有を共同体による社会的所有へと集約し、貧富の格差を水平化するものだ。
だから、高度経済成長を経て1960〜80年頃に「一億総中流」を実現した戦後日本は、成功した共産主義モデルに分類することができる。
『新しい階級社会』の著者橋本健二の記事によると、格差の拡大は1980年代のバブル期に始まったと分析されている。
この分析は所得の不平等の指標となるジニ係数に基づくもので、この数値が0だと格差無しの完璧な共産主義になるようだが、
それによると、バブル経済による土地価格の高騰などで資産格差が拡大したことがわかるそうだ。

プロフィール

名前:
南井三鷹
活動:
批評家
関心領域:
文学・思想・メディア論
自己紹介:
     批評を書きます。
     SNS代わりの気軽なブログを目指して、失敗したブログです。

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